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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)112号 判決 1990年2月22日

主文

原告の請求のうち、被告が原告に対して昭和五七年六月二一日付けでした出勤停止処分が無効であることの確認を求める部分につき、本件訴えを却下する。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五七年六月二一日付けでした出勤停止処分が無効であることを確認する。

2  被告は原告に対し、金一六九万七八四〇円及び内金一一万五二〇〇円に対する昭和五七年九月五日から、内金一五八万二六四〇円に対する昭和五九年九月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2、第3項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、八王子市、調布市、町田市、武蔵野市、昭島市、小金井市、小平市、日野市、東村山市、国分寺市及び青梅市の東京都下一一市が、昭和四一年四月七日、地方自治法二八四条一項に基づき東京都知事の許可を得て設立した特別地方公共団体であり、自転車競技法の規定による競輪を行うため、競輪の施行等に関する事務を共同処理することを目的とする一部事務組合である。

(二) 被告は、調布市に所在する京王閣競輪場(以下「京王閣」という。)において、自ら年間一〇回の競輪を開催(一開催業務は一日の準備日と六日間の開催日からなる。なお、六日間の開催日を三日間ずつ前節と後節の二回に分けて実施することがある。)するほか、やはり地方自治法上の一部事務組合である東京都収益事業組合から事務委託を受けて、年間二回の競輪を開催している。

(三) 被告は、競輪を開催するに当たり、車券発売、払戻、警備、守衛等の業務を処理するため、開催日ごとに一五〇〇名以上の係員を必要とするが、これらの係員を従事員と称している。

(四) 原告は、昭和四一年四月、被告の従事員登録簿に登録されて登録者(以下、被告の従事員登録簿に登録された者を「登録者」という。)に任用され、以来、被告が京王閣で競輪を開催するごとに、長年にわたり、従事員として警備や守衛の業務に従事してきた。

(五) なお、原告は、昭和二六年五月、東京都が後楽園競輪場及び京王閣において競輪を開催していた当時、東京都に登録者として任用され、その後、昭和四一年四月、被告が京王閣で競輪を施行するに際して、東京都が開催していたときの勤務条件を全面的に引き継ぐことなどを内容とする、被告と当時原告が加入していた東京競輪労働組合(以下「競輪労組」という。)との労働協約に基づき、被告に登録者として任用された者である。

2  出勤停止処分

被告は、昭和五七年六月二一日、原告に対し出勤票を交付しないという方法により、翌七月以降の競輪開催について出勤停止の処分(以下「本件出勤停止処分」という。)を行い、以降、原告を従事員として就労させていない。

3  出勤停止処分の行政処分性

(一) 従事員の法的身分は、単純労務に服する一般職の地方公務員である。

(二) 登録者は、従事員登録簿に登録されることにより、以降の開催ごとに必ず従事員として就労することができる身分を取得するのであるから、従事員登録簿への登録は従事員への採用であって、登録者は、これにより、継続した従事員としての身分、すなわち期限の定めのない一般職の地方公務員たる身分を有するというべきである。

(三) 登録者が期限の定めのない地方公務員たる身分を有することは、登録者について次のような諸制度及び運用の事実があることからも裏付けられる。すなわち、

(1) 登録者は、自ら離職するか又は解雇処分を受けない限り、必ず就労できる。

(2) 被告の従事員賃金支給要領には、登録者に関する昇格・昇給についての定めがあり、現に昇格・昇給が行われている。

(3) 登録者には、年二回、夏季(六月)及び冬季(一二月)に一時金が支給されている。

(4) 被告には、退職金に相当する離職慰労金の制度があり、現に登録者が離職する際には離職慰労金が支給されている。

(5) 被告の従事員就業基準(以下「就業基準」という。)には、一〇年以上勤務した登録者に対する永年勤続表彰制度の定めがあり、現に原告は、昭和四七年一〇月一一日、勤続二〇年の表彰を受けた。

(6) 就業基準には、登録者が登録の取消を受けようとするときは、一四日前までに登録取消願いを提出しなければならないとの定めがある。

(7) 就業基準には、登録者に欠勤届や遅刻届、早退届などの提出義務を課す旨の定めがある。

(8) 就業基準には、登録者に対する制裁についての定めがある。

(四) 以上のとおりであって、原告は、期限の定めのない一般職の地方公務員たる身分を有するから、原告の就労を禁止する効果を持つ本件出勤停止処分が行政処分に当たることは、明らかである。

4  本件出勤停止処分の無効

被告の就業基準には、出勤停止処分に関するなんらの規定もなく、本件出勤停止処分は規定上の根拠を欠くものである。加えて、原告には、このような処分を受けるべきなんらの理由もない。のみならず、地方公務員法四九条一項及び就業基準二〇条二項は、被処分者の意に反する不利益処分を行う場合には処分事由を記載した説明書を交付しなければならない旨規定しているが、被告は、右の定めに反して、原告の意に反する不利益処分である本件出勤停止処分を、処分事由を記載した説明書を交付することなく単に出勤票を交付しないという方法で、しかもなんらの予告もなく行っている。本件出勤停止処分には、右のような重大かつ明白な瑕疵が存在しているから、当然に無効である。

そうすると、被告は、無効な本件出勤停止処分を理由として、昭和五七年七月以降、原告の就労を故なく拒絶したことになるから、原告は、被告に対し、後記の賃金及び一時金を請求する権利を失わない。

5  被告の不法行為

本件出勤停止処分は、前記のとおり、重大かつ明白な瑕疵が存在する無効なものであって、被告が原告に対して右のような処分をなしたことは、原告の労働権、生存権を奪い、その人格に対する重大な侵害を与える違法なものであるから、原告に対する不法行為を構成する。

そうすると、原告が昭和五七年七月以降就労することができないのは、右違法な本件出勤停止処分によることになるから、被告は、これにより原告に生じた後記の損害を賠償すべき責任を負うというべきである。

6  賃金及び一時金並びに損害

(一) 賃金及び一時金

(1) 賃金

原告の賃金は日給制であるが、昭和五七年六月の賃金日額は金八二三〇円(基本給金八一五〇円、職務給金八〇円)である。そして、被告は、前記のとおり、年一二回の競輪を開催しており、一開催当たりの就労日数は準備日を含めて七日であるから、原告の昭和五七年七月から昭和五九年八月までの間の賃金は、合計金一四九万七八四〇円となる。

(2)一時金

被告は、原告に対し、夏季(六月)及び冬季(一二月)に一時金として金五万円を支払う義務がある。したがって、昭和五七年一二月、昭和五八年六月、同年一二月及び昭和五九年六月に支払われるべき一時金の合計は金二〇万円となる。

(3) 合計 金一六九万七八四〇円。

(二) 損害

原告は、違法な本件出勤停止処分により、昭和五七年七月以降就労することができず、昭和五七年七月から昭和五九年八月までの間、賃金及び一時金の支給を受けることができなかったから、右賃金及び一時金相当額の損害を被ったことになる。

よって、原告は被告に対し、本件出勤停止処分が無効であることの確認と共に、主位的に賃金及び一時金として、昭和五七年七月から昭和五九年八月までの間に支給されるべき賃金及び一時金の合計金一六九万七八四〇円並びに内金一一万五二〇〇円(昭和五七年七月及び八月分の賃金)に対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月五日から、内金一五八万二六四〇円(昭和五七年九月から昭和五九年八月までの分の賃金及び一時金の合計)に対する弁済期の経過後である昭和五九年九月一日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、予備的に不法行為に基づく損害賠償金として、右賃金及び一時金相当額の損害金並びにこれに対する右同様の遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1について

(一) 同1(一)ないし(三)の事実は、いずれも認める。

(二) 同1(四)の事実のうち、原告が昭和四一年四月以降、被告の従事員登録簿に登録された登録者であったことは認め、その余は否認する。

(三)同1(五)の事実は否認する。

2 請求原因2の事実のうち、被告が、昭和五七年六月二一日、原告に対し出勤票を交付しなかったこと、昭和五七年七月以降、原告を従事員として就労させていないことは、いずれも認め、その余は否認する。

3 請求原因3について

(一) 同3(一)の事実は認める。

(二) 同3(二)の事実は否認する。

(三) 同3(三)の事実のうち、(2)ないし(8)の諸制度及び運用の事実があること自体はいずれも認めるが、これらがすべて登録者を対象としたものであることは否認する。同3(三)(1)の事実は否認する。

(四) 同3(四)の主張は争う。

4 請求原因4の事実は否認する。

5 請求原因5の事実は否認する。

6 請求原因6の事実は否認する。

(被告の主張)

一  登録者の身分

1  従事員の法的身分

従事員の法的身分は、単純労務に服する一般職の地方公務員であり、行政解釈及び施行者たる各地方公共団体の統一的見解も同様である。

2  事業の性格と従事員の採用期間

競輪事業は、法令上、一般の事業のように連日開催することができないことから、従事員はその開催に必要な範囲で採用されることとなる。被告は、当該期日(開催日或いは準備日をいう。以下、同じ。)に限り、日々従事員を採用する方式を採っている。したがって、被告と従事員とは日々雇用の関係にあり、従事員は、被告に採用された期日においてのみ、前記の一般職の地方公務員たる身分を有することとなる。

3  従事員の採用手続と登録者の身分

(一) 被告は、従事員となるべき者の募集に応じた希望者について、競争試験又は選考を行い、適切と認めた者を採用予定者名簿に登載する。希望者は、採用予定者名簿に登載されることにより当然に従事員たる身分を取得するものではなく、将来、被告に採用されて従事員となることがあり得るという地位を有するに過ぎない。

被告は、右の採用予定者名簿に登載された者の中から、当該期日の従事員の必要状況に応じて、臨時的に従事員を採用する。被告は、このようにして、一開催の全ての期日に採用された者のうち、勤務成績が良好な者について、住民票、写真、健康診断書、身上調書、誓約書等の提出を求め、審査のうえ、適切と認めた者を従事員登録簿に登録する。登録者も、登録されることにより当然に従事員たる身分を取得するものではなく、将来、被告に採用されて従事員となることがあり得るという地位を有するに過ぎないことは、採用予定者名簿に登載された者と同様である。

右が就業基準に定める手続であるが、昭和四八年以降、被告は、従事員登録簿への登録を前提とする採用予定者名簿を廃止し、応援者名簿と称される名簿を設け、被告の募集に応じた希望者に簡単な面接を実施したうえ、適切と認めた者を登載している。応援者名簿も従事員の候補者を登載した名簿であるが、就業基準に規定されていない事実上のものである。応援者名簿に登載された者(以下「応援者」という。)は、登録者となる可能性がないという点で、採用予定者名簿に登載された者と異なる。

被告は、期日に従事員を採用するに当たり、まず登録者から採用し、なお必要数に満たない場合に、応援者から、臨時的に従事員を採用する。そのため、登録者は、応援者に比べて、優先的に従事員に採用され得るという地位を有することになる。なお、応援者は、準備日には採用されず、開催日にのみ採用される。

(二) 被告は、登録者或いは応援者を、当該期日限り、日々従事員として採用する。その採用手続は、次のようなものである。

(1) まず、登録者についてみると、被告は、就労が終了して退出する登録者に対して、出勤票を交付するという方法により、採用通知をしている。出勤票が、いわば採用通知書と同様の働きをしていることになる。

翌日が開催日である場合には、退出する際に出勤票を交付することが、翌日についての採用通知となる。採用通知に応ずるかどうかは自由であるが、翌日も就労することを希望する登録者は、翌日、出頭して出勤票を提出し、出勤簿に押捺することにより、被告に当該期日限りの従事員として採用され、従事員としての身分を取得する。

これに対して、翌日が開催日でない場合、すなわち、前節の最終開催日又は一開催の最終開催日の場合には、次の採用予定日(後節の最初の開催日又はその次の開催の準備日ないし最初の開催日)を記載した出勤票を交付して、当該採用予定日についての採用通知をする。採用通知に応ずるかどうかは自由であるが、当該採用予定日に採用を希望する登録者は、所定の日に出頭して出勤票を提出し、出勤簿に押捺することにより、被告に当該期日限りの従事員として採用され、従事員としての身分を取得する。

このような手続が繰り返されるのである。

(2) 次に、応援者についてみると、被告は、採用することを予定する者に対して、採用日と労働条件を記載した採用通知書を送付することによって、採用通知をする。

右採用通知書の送付を受けた者のうち、採用を希望する者は、所定の日時、場所に出頭して採用通知書を提出し、出勤票の交付を受けると共に、出勤簿に押捺することにより、被告に当該期日限りの従事員として採用され、従事員としての身分を取得する。

また、被告は、一度採用した応援者を翌日も引き続いて採用する場合には、登録者と同様、退出する際に出勤票を交付することによって、翌日についての採用通知をする。採用通知に応ずるかどうかは自由であるが、翌日も就労することを希望する応援者は、翌日、出頭して出勤票を提出し、出勤簿に押捺することにより、被告に当該期日限りの従事員として採用される。

(三) 右のような採用の手続に照らすと、被告のなす出勤票の交付や採用通知書の送付が、被告からする従事員採用の意思表示に当たり、採用を希望する者が所定の日に出頭し出勤簿に押捺することが、これに対する応諾の意思表示に当たる、ということができる。

そして、登録者或いは応援者は、当該期日に出頭して出勤簿に押捺することにより、初めて従事員として被告に採用され、また、被告との雇用関係は当該期日の就労の終了と同時に終了し、被告との間にはなんらの雇用関係もなくなるのである。換言すれば、登録者或いは応援者は、従事員として採用され得べき候補者に留り、被告に採用されることによって初めて、当該期日に限って、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を取得し、当該期日の就労の終了と同時に、この身分を喪失することになる。

4  登録者の就労の実態と身分

登録者は、期日ごとに従事員に採用され、被告と日々雇用の関係にあり、採用された当該期日に限り従事員としての身分を有するのであって、このことは、次のような登録者の就労の実態に照らしても、明らかである。

(一) 被告の職員が、最終開催日に登録者に対して出勤票を交付する際、次の採用予定日を記載することを失念することがあるが、この場合に、採用予定日が記載されていないことに気が付き、出頭しても良いものか問い合わせてくる者がいる。

このことは、当該登録者自身において、出勤票を交付されないか、又は出勤票を交付されても次の採用予定日の記載がない場合には、次の期日に従事員として就労できないこと、すなわち、登録者は、継続して従事員としての身分を有していて期日ごとに当然に就労できるものではなく、従事員として就労するためには、期日ごとに被告に採用される必要があることを認識していることの証左というべきである。

(二) 従事員によって組織されている競輪労組は、昭和五三年九月、総評に加盟したが、その際、総評の事務局長は、歓迎の言葉の中で、従事員が日雇労働者としての分野で活動することを希望する旨述べ、また、競輪労組の書記長も、挨拶の中で、従事員が日雇として扱われてきた事実を是認したうえ、今後の活動方針を述べている。

このことは、従事員と被告が日々雇用の関係にあることが周知の事実であることを如実に示している。

(三) 被告は、登録者に対して、非開催日に他の職に就くことを禁止していないばかりか、かえって、他の競輪場或いは他の競争事業場の従事員となることを容認しており、現に、登録者の中には、他の競輪場などで掛け持ちの従事員として、或いは民間企業の従業員として就労したり、自営業を営んでいる者がいる。

このことは、登録者は、被告に採用された当該期日に限り、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を有し、当該期日以外の日においては、そのような身分を有しないことを示している。なぜなら、登録者が、日々雇用ではなく、継続して地方公務員としての身分を有しているとすると、地方公務員法三八条の営利企業等の従事制限の規定に抵触することになるからである。現在、登録者について、右地方公務員法の規定に違反するとの論議が全くないのは、被告に従事員として採用された当該期日以外の日においては、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を有しないとの解釈、認識が定着しているからにほかならない。

(四) 従事員として被告の競輪事業に就労する登録者のうち、約九〇パーセントに当たる約一〇〇〇名が、日雇雇用保険に加入している。日雇雇用保険は、原則として、「日々雇用される者」又は「三〇日以内の期間を定めて雇用される者」に適用される雇用保険である。

このような雇用保険の関係からみても、従事員の身分が日雇であることが明らかである。

5  昇給・昇格等の諸制度と登録者の身分

被告は、原告主張のとおり、昇格・昇給、一時金、離職慰労金、永年勤続表彰、欠勤届や遅刻届、早退届などの諸届、戒告などの制裁等の諸制度を設け、現にこれらの制度を運用している。

そして、これらの諸制度の中には、登録者を対象者としたものや、従事員を対象としているが登録者の身分を有することを前提としたものもあるが、だからといって、登録者が当然に従事員としての身分を有することにはならない。すなわち、被告は、競輪事業を施行して収益を挙げ、地方財政への寄与を目的とする組織体であって、このような組織体を運営していくために、それに見合った制度を設け、それを運用する必要があることは、いうまでもない。右の諸制度は、被用者である従事員の勤労意欲の向上や、秩序ある組織体の運営のために必要・不可欠のものとして導入されたものである。用語の形式のみに捉らわれて、登録者が期限の定めのない地方公務員たる身分を有することの証左であると断ずるのは早計である。以下に、具体的に述べる。

(一) 一時金は、競輪労組結成後、昭和三四年ころから、労使の団体交渉の中で協定化され、従事員に対して支給されるようになったものである。

日雇であることが明らかな失業対策事業労働者についても、氷代、餅代などの名目による一時金の支給が古くから行われている。このことと対比しても、従事員に対する一時金の支給は、その身分が日雇であることと矛盾するものではない。

(二) 離職慰労金も、競輪労組との労使交渉の過程で、妥協の産物として設けられることとなったものであり、競輪事業発足の当初から存在したものではない。

競輪事業が発足した後に、労使の団体交渉の過程から生まれたこの制度は、従事員の日雇という身分と矛盾するか否かという問題と直接関係するものではない。まして、この制度の存在をして、登録者が期限の定めのない地方公務員たる身分を有することの証左とすることはできない。

(三) 永年勤続表彰の制度も、昭和三六年ころ、競輪労組の退職金制度要求を巡る労使交渉の過程で現れ、設けられるに至ったものである。

この制度も、競輪事業が発足した後に、労使の団体交渉の過程から生まれたもので、登録者としての身分が前提となっているからといって、登録者が当然に従事員としての身分を有することを意味しない。

(四) 遅刻届や早退届の提出義務は、就業基準三一条に定められているものである。

この制度は、秩序ある競輪事業の遂行と労務の提供の確保のために必要なものであり、この理は他の組織体においても同様である。従事員としての採用前であっても、優先的に採用されるという地位を有している登録者が、それなりの義務を負担すべきは当然である。

また、この制度は、遅刻・早退が度重なり、「勤務実績が不良で就業に適しない」と判断されて従事員登録名簿から抹消されるという登録者の不利益を回避するという意義をも有している点が、重視されるべきである。

なお、遅刻については、被告の従事員取扱要領一九条が規定するように、採用の時間的限界を定める点に特色がある。

この制度も、やはり、登録者が当然に従事員としての身分を有することを意味しない。

(五) 戒告は、就業基準二一条に規定されている。

この制度も、秩序ある競輪事業の遂行と労務の提供の確保のために必要なものであり、この理は他の組織体においてもやはり同様である。それが、登録者をも対象としているからといって、優先的に採用されるという地位を有している登録者が、この程度の義務を負担すべきことが当然なのも、同様である。

この制度も、やはり、登録者が当然に従事員としての身分を有することを意味しない。

二  行政処分の不存在

右一において詳述したように、登録者は、期日ごとに日々採用されて初めて、当該期日に限り、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を有し、当該期日以外の日においては、そのような身分を有しないものである。したがって、従事員として採用される以前の登録者が期限の定めのない一般職の地方公務員たる身分を有することを前提とする原告の主張は、その前提を欠き、失当である。換言すれば、原告は、昭和五七年六月二一日の就労の終了により、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を喪失したのであるから、その後、出勤票が交付されないからといって、出勤停止処分たる行政処分が存在するということはできないのである。

もとより、被告には原告に出勤票を交付すべき義務はなく、原告にも出勤票の交付を請求し得る権利はない。出勤票の不交付は、単に、被告が原告に対して採用の申込の意思表示をしなかったというだけであるから、そこには、なんら違法の廉はない。付言すると、被告は、登録者の九〇パーセント以上の者が加入する競輪労組との間で、昭和五六年一〇月一七日に締結した、従事員の候補者である登録者に実質的な定年制を導入する「京王閣競輪臨時従事員高令者離職勧奨制度要綱」(以下「要綱」という。)という労働協約に従い、昭和五七年六月二一日の就労の終了をもって、原告の採用を打切り、雇い止めにしたものである。

第三  証拠<省略>

理由

一  本件出勤停止処分の無効確認を求める訴えについて

1  請求原因1の(一)ないし(三)の事実、同(四)のうち、原告が、昭和四一年四月、被告の従事員登録簿に登録された登録者であること、同2のうち、被告が、昭和五七年六月二一日、原告に対し出勤票を交付せず、同年七月以降、原告を従事員として就労させていないこと、及び同3(一)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。右事実によれば、本件で問題とされている従事員の労働関係その他の身分の取扱いについては、地方公営企業労働関係法付則四項により、同法及び地方公営企業法三七条から三九条までの規定が適用されることになる。

2  原告は、登録者は期限の定めのない一般職の地方公務員たる身分を有しており、被告が、昭和五七年六月二一日、原告に対し出勤票を交付しなかったことは、出勤停止処分という行政処分をしたことに当たる旨主張する。

これに対して、被告は、登録者は、期日ごとに日々採用されて初めて、当該期日に限り、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を有する者で、当該期日以外の日においては、そのような身分を有しないから、原告は、昭和五七年六月二一日の就労の終了により、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を喪失しており、その後、出勤票が交付されないからといって、出勤停止処分たる行政処分が存在するということはできない旨主張するので、以下に検討する。

3  まず、登録者と従事員との関係及び従事員の採用手続についてみると、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、従事員たるべき者の募集に応じた希望者について、競争試験又は選考を行い、適切と認めた者を採用予定者名簿に登載する。

被告は、右の採用予定者名簿に登載された者の中から、当該期日の従事員の必要状況に応じて、臨時的に従事員を採用する。被告は、このようにして、一開催の全ての期日に採用された者のうち、勤務成績が良好な者について、住民票、写真、健康診断書、身上調書、誓約書等の提出を求め、審査のうえ、従事員として不適当と認められる者を除き、従事員登録簿に登録する。

なお、従事員登録簿に新たな登録がされたとき、新登録者に対して、その旨通知するなどの手続が採られることはない。

(二)  右が就業基準に定める手続であるが、昭和四八年以降、被告は、従事員登録簿への登録を前提とする採用予定者名簿を廃止し、応援者名簿と称される名簿を設け、被告の募集に応じた希望者に簡単な面接を実施したうえ、適切と認めた者を登載している。応援者名簿も従事員の候補者を登載した名簿であるが、就業基準に規定されていない事実上のものである。応援者は、登録者となる可能性がないという点で、採用予定者名簿に登載された者と異なる。

なお、被告は、昭和四八年以降、従事員登録簿への登録を行っていない。

(三)  被告は、期日に従事員を採用するに当たり、まず登録者から採用し、なお必要数に満たない場合に、応援者から、臨時的に従事員を採用する。そのため、登録者は、応援者に比べて、優先的に従事員に採用され得るという地位を有することになる。なお、応援者は、準備日には採用されず、開催日にのみ採用される。

(四)  被告が採用を必要とする従事員の数は、登録者より多いこともあって、登録者は、希望すれば、高齢で身体に故障があるなどの例外的な場合を除き、各期日ごとに必ず従事員として採用されるのが実態である。現に、原告も、昭和四一年四月に登録者となって以来、昭和五七年六月二一日まで、各期日ごとに、希望すれば必ず従事員として採用されてきた。

(五)  被告が、期日に、登録者或いは応援者を従事員として採用する手続は、次のようなものである。

(1) まず、登録者についてみると、就業基準では、出勤票を交付し又は採用通知書を送付することによって行うものとされているが、実際には、被告は、就労を終えて退出する登録者に対して出勤票を交付するという方法で、採用通知をしている。

翌日が開催日である場合には、出勤票の交付が翌日の採用通知となる。翌日も就労することを希望する者は、翌日、出頭してこの出勤票を提出し、出勤簿に押捺して就労する。

これに対して、翌日が開催日でない場合、すなわち、前節の最終開催日又は一開催の最終開催日の場合には、次の採用予定日(後節の最初の開催日又はその次の開催の準備日ないし最初の開催日)を記載した出勤票を交付する。当該採用予定日に採用を希望する者は、所定の日に出頭して出勤票を提出し、出勤簿に押捺して就労する。このような手続が繰り返されるのである。

そして、出勤票の裏には、「本票を交付することにより翌日の採用通知にかえる。」との記載があり、また、次の採用予定日を記載する欄がある。

(2) 次に、応援者についてみると、被告は、採用することを予定する者に対して、採用日を記載した採用通知書を送付する。

右採用通知書の送付を受けた者のうち、採用を希望する者は、所定の日時、場所に出頭して採用通知書を提出し、出勤票の交付を受けると共に、出勤簿に押捺して就労する。

また、被告は、一度採用した応援者を翌日も引き続いて採用する場合には、登録者と同様、就労を終えて退出する際に出勤票を交付することによって、翌日の採用通知をする。

4  右のような事実関係によると、登録者は、優先的に従事員に採用され得るという地位にあり、希望すれば、高齢で身体に故障があるなどの例外的な場合を除き、必ず従事員として採用されるのが実態であるから、登録者は、従事員登録簿に登録されることにより期限の定めなく従事員に採用され、以降、継続して従事員としての身分を有することになる、すなわち従事員登録簿への登録が従事員への採用行為である、とみれなくもない。

しかしながら、従事員は、一般職の地方公務員たる身分を有する者であって、法律的に公務員の採用行為があったといえるためには、任用の権限を有する者の採用の意思表示が必要であるところ、被告は、「本票を交付することにより採用通知にかえる。」旨を記載した出勤票の交付をもってこれに当てていることが明らかであって、従事員登録簿への登録に右のような意思表示が含まれていることを認めることはできない。就業基準も、登録者が従事員となるためには、出勤票の交付又は採用通知書の送付により、被告から採用される必要のあることを規定し、登録者が当然に従事員の身分を有するものではないことを明定している。のみならず、仮に従事員登録簿への登録をもって採用行為に当たると解した場合には、右登録のみで従事員としての具体的な権利義務が発生することになるが、このような結論は、後述するように、年間の就労可能日数が僅か八四日に過ぎず、右以外の日に他の職に就くことを禁止されていない登録者の就労実態と相いれない。すなわち、<証拠>によれば、登録者の就労可能日数は、月平均七日間であって、登録者がすべての期日に就労したとしても、年間で僅か八四日間に過ぎないこと、被告は、登録者に対して、右以外の日に他の職に就くことを禁止していないばかりか、かえって、他の競輪場或いは他の競争事業場の従事員となることを容認しており、現に、登録者のうち相当数の者が、他の競輪場で掛け持ちの従事員として就労しているほか、数は少ないが、民間企業の従業員として就労したり、自営業を営んでいる者のいることが認められる。このように、登録者は、その就労が断続的で、しかも、その日数が最大でも年間僅か八四日間と少なく、また、被告のもとで就労する期日以外の日には、被告からなんらの拘束を受けることなく、自由に他の職に就くことができるのである。

右のような登録者の就労実態に照らしても、登録者が、従事員登録簿に登録されたとの一事で、継続して期限の定めなく従事員としての身分を有しているとみることは困難であり、むしろ、登録者は、従事員として採用されて初めて、被告と日々雇用の関係に立つと解するのが相当である。このことは、仮に登録者が継続して従事員としての身分を有しているとすると、右のような登録者の就労の実態からみて、相当数の者が地方公務員法三八条の規定する営利企業等の従事制限に違反する結果となること、また、前掲乙第三三号証によって認められるように、従事員として就労する登録者のうち相当数の者が、「日々雇用」等の法定の要件のもとに、雇用保険法の日雇労働求職者給付金を受給していることによっても、裏付けられるところである。

以上を要するに、従事員は被告と日々雇用の関係にある者であって、被告が登録者に対して出勤票を交付することが、従事員への採用通知に当たり、登録者が出頭して出勤簿に押捺することが、これに対する応諾であって、登録者は、被告に当該期日限りの従事員として採用されることになるのである。これに対して、被告がする従事員登録簿への登録は、従事員への採用行為そのものではなく、優先的に採用すべき候補者を選択する準備的行為に過ぎないことになる。従事員登録簿は、従事員そのものではなく、あくまで従事員の候補者を登録した名簿に過ぎないのである。

5  ところで、原告は、被告は、登録者について、昇格・昇給、一時金、離職慰労金、永年勤続表彰、欠勤届や遅刻届、早退届などの諸届、戒告などの制裁等の諸制度を設け、現にこれらの制度を運用しているとしたうえで、これらのことは、登録者自身が期限の定めのない一般職の地方公務員たる身分を有することの証左である旨主張する。

そこで、検討するに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  登録者のうち従事員として採用された者の基準内賃金は、基本給と職務給からなるが、そのうち基本給は、当初の採用時は初任給一号級に格付けされ、その後、勤務実績が良好であったときは、ほぼ一二か月ごとに直近上位の号級に格付けされる。

(二)  期末特別措置は、就業基準上は、その都度別に定めることとされているところ、従来の例では、毎年、夏季(六月)及び年末(一二月)の二回、被告と競輪労組との団体交渉により協定された一時金が従事員に支給されている。

(三)  登録者が死亡し又は登録を取り消されたときは、従事員共済会から離職慰労金が支給される。この共済会には、被告からも補助金が支出されている。

(四)  登録者の登録の取消は、本人が一四日前までに願い出ることによるほか、心身の故障や勤務実績の不良等の一定の理由が存在することを必要とし、また、従事員登録簿に登録後一か月を経過した者については、登録の取消をするには三〇日前の予告又は三〇日分の予告手当ての支給をしなければならない。また、登録者が疾病のため休養する一定の期間及び産前・産後の一定の期間は、登録の取消をすることができない。

(五)  就業基準には、従事員として多年にわたり職務に精励するなどした登録者に対する表彰制度の定めがあり、現に原告は、昭和四七年一〇月一一日、二〇年の永きにわたり貢献したとの理由で表彰を受けた。

(六)  就業基準には、従事員又は採用通知を受けて従事員となる予定のある者に欠勤届や遅刻届、早退届などの提出義務を課す旨の定めがあるほか、右の提出義務を怠ったときや勤務実績の不良などの一定事由があるときは、戒告などの制裁を課す旨の定めがある。

右にみたところによれば、原告が主張する諸制度及びその運用には、登録者のみを対象としたものや、従事員を対象としているが登録者としての身分を有することを前提としているものがあることは否定できないが、そうだからといって、登録者が当然に従事員としての身分を有するとはいえない。なぜなら、原告が主張する諸制度及びその運用は、希望すれば、例外的な場合を除いて必ず就労することができるという取扱いを受け、その限りにおいて継続性があることを否定できない登録者の就労実態や、被告が収益事業を実施する組織体であることに基づいて、当然に要求される必要性によるものであって、従事員が日々雇用される者で、登録者は被告の採用行為によってのみ従事員となり得るものであることと矛盾するものではないからである。すなわち、昇格・昇給、一時金、離職慰労金、勤続表彰の制度は、年間の就労日数が、最大限でも僅か八四日と少なく、しかも就労日が断続的であるという特殊な条件のもとで、必要人員を安定的に確保すると共に、従事員に採用される登録者の勤労意欲の向上を図るうえで必要なものである。登録者の登録の取消が一定の場合に限られ、また、取消に予告手続が要求されるのも、やはり、特殊な条件のもとで必要人員を安定的に確保するために必要だからである。欠勤届、退職届などの提出義務や、戒告などの制裁の制度は、被告が収益事業を実施する組織体である以上、被用者が日々雇用か否かに係わりなく、適切な人員配置をし、また、職場秩序を維持して能率的な業務運営を図るために必要なものである。

結局、原告が主張する諸制度及びその運用は、登録者が日々雇用されることによってのみ従事員としての身分を有することと両立し得ないものではないから、従事員ないし登録者の身分に関する前記の認定を左右するものではないというべきである。

6  以上の検討によれば、登録者は、継続して期限の定めなく従事員としての身分を有しているのではなく、期日ごとに日々に採用されて初めて従事員としての身分を取得するものであるから、従事員としての採用期間が当該期日に限られるのは当然というべきである。したがって、登録者は、従事員として採用された当該期日に限り、従事員、すなわち一般職の地方公務員としての身分を有するに過ぎないことになる。

そうすると、原告は、昭和五七年六月二一日の就労の終了により、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を喪失しており、その後、被告が出勤票を交付しないからといって、出勤停止処分たる行政処分が存在するということはできないから、原告の本件出勤停止処分の無効確認を求める訴えは、その対象を欠き、その余の点について判断するまでもなく、不適法として却下を免れないというべきである。

なお、原告の本件出勤停止処分の無効確認を求める訴えは、行政処分の無効確認を求める訴えであるから、行政事件訴訟法三八条一項、一一条一項により、当該処分をした行政庁を被告としなければならないものである。しかるに、原告は、特別地方公共団体である被告を相手方として訴えを提起しており、これは、被告適格を欠くものに対する訴えというほかはなく、この意味においても、不適法として却下を免れないものである。

二  主位的に賃金及び一時金として、予備的に不法行為に基づく損害賠償金として、金員の支払を求める訴えについて

1  まず、主位的請求について検討する。

原告は、原告は登録者として期限の定めのない一般職の地方公務員たる身分を有しており、昭和五七年七月以降、原告が就労していないのは、被告が故なく拒絶しているためであるから、なお賃金及び一時金の請求権を失わない旨主張する。

しかしながら、右一において詳述したように、登録者は、期日ごとに日々に採用されて初めて、当該期日に限り、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を有し、当該期日以外の日においては、そのような身分を有し得ないものである。したがって、原告は、昭和五七年六月二一日の就労の終了により、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を喪失し、その後は、一般職の地方公務員としての身分を保持していないこととなる。

そうすると、原告が、昭和五七年六月二一日以降も、期限の定めのない一般職の地方公務員たる身分を保持していることを前提とする原告の主位的請求は、その前提を欠き、失当というほかはないから、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

2  次に、予備的請求について検討する。

(一)  原告は、本件出勤停止処分は、重大かつ明白な瑕疵が存在する無効かつ違法なものであるから、被告が原告に対して本件出勤停止処分をなしたことは、原告に対する不法行為を構成する旨主張する。

しかしながら、右一において述べたように、原告は、昭和五七年六月二一日の就労の終了により、従事員すなわち一般職の地方公務員としての身分を喪失したのであり、そこに、出勤停止処分たる行政処分が存在するということはできないから、原告の主張は、その前提を欠くことになる。

(二)  もっとも、前述のとおり、被告は、昭和五七年六月二一日、原告に対し出勤票を交付せず、以降、従事員としての就労を認めていないが、それは、被告が自認するように、昭和五七年六月二一日の就労の終了をもって、原告の採用を打切り、雇い止めにしたことによるものである。そして、登録者は、前述のとおり、例外的な場合を除いて、希望すれば必ず従事員として採用されるという取扱いがされており、現に、原告自身、昭和四一年四月に登録者となって以来、各期日ごとに、希望すれば必ず従事員として採用されてきたという事実に鑑みると、被告が原告について採った雇い止めの措置に合理的な理由がない場合には、理由のいかんによっては、右雇い止めの措置が違法の評価を受ける可能性があり得ないわけではない。

(三)  そこで、被告が原告を雇い止めするに至った経緯についてみるに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告は、昭和五〇年一二月一九日、競輪労組との間で、従事員の候補者である高齢の登録者に勧奨退職制を導入する「京王閣競輪従事員高令者離職勧奨制度要綱」(以下「旧要綱」という。)という労働協約を締結した。

右旧要綱の内容は、<1>登録者のうち満六五歳に達する者を離職勧奨の対象者とする、<2>対象者が離職勧奨に応じたときは、「離職」(雇い止め)の時期以降、従事員としての採用を行わないこととする、<3>離職勧奨に応じた対象者に対しては、優遇措置として、特別慰労金と特別加算金を支給する、<4>離職勧奨に応じない対象者については、従前どおり採用するものの、賃金は現日給を保障するのみで、これを据え置き、他の登録者に対して賃金引き上げ又は定期昇給が実施されても、右据え置いた現日給額を支給するに留める、というものであった。

(2) 右旧要綱が締結された当時、原告は、競輪労組を脱退していてその組合員ではなかったが、競輪労組には、被告の登録者の九〇パーセント以上の者が加入していた。したがって、旧要綱は、登録者から従事員への採用に関して定めた労働協約として、前述した地方公営企業労働関係法四条によって適用される労働組合法一七条の要件を満たし、同条に定める一般的拘束力を有するものであり、登録者である原告に対してもその効力を及ぼすものであった。

(3) 被告は、原告が明治四〇年三月二八日生まれで、右旧要綱の離職勧奨の対象者であったことから、原告に対して、旧要綱に基づき、満六五歳に達するとの理由により離職勧奨をしたが、原告は、これに応ぜず、更に、採用を希望したため、その後も、当時の持ち賃金のままで、従事員として採用され続けた。

(4) 被告は、昭和五六年一〇月一七日、競輪労組との間で、旧要綱の定める勧奨退職制よりも一歩進めた、従事員の候補者である登録者の実質的な定年制に関する労働協約である前記要綱を締結した。

右要綱の内容は、<1>登録者のうち、毎年一二月三〇日(以下「指定日」という。)現在において満六五歳に達した者を離職勧奨の対象者とする、<2>対象者が離職勧奨に応じたときは、指定日をもって「離職」(雇い止め)し、以降、従事員として採用しないこととする、<3>離職勧奨に応じた対象者に対しては、優遇措置として、特別慰労金と功労金を支給するほか、特に就労一〇年以上の者については、特別昇給を実施する、<4>対象者のうち、特に就労を希望する者は、賃金・一時金などについての一定の条件のもとに、指定日以降、一二開催に限り採用されることとする、<5>原告などのように旧要綱に基づく離職勧奨に応じなかった者については、(ア)昭和五六年の指定日から、賃金は指定日現在の持ち金額で、六開催に限り採用する、(イ)昭和五六年の指定日から、賃金は日額六〇〇〇円で、指定日現在の年齢に応じて、三ないし一一開催に限り採用する、のいずれか一方、本人の選択する方法により「離職」(雇い止め)し、その際、旧要綱に基づく普通慰労金を支給する、という内容のものであった。

(5) 右要綱が締結された当時、原告は競輪労組の組合員ではなかったが、競輪労組には、被告の登録者の九〇パーセント以上の者が加入していた。したがって、要綱は、登録者から従事員への採用に関して定めた労働協約として、前述した地方公営企業労働関係法四条によって適用される労働組合法一七条の要件を満たし、同条に定める一般的拘束力を有するものであり、登録者である原告に対してもその効力を及ぼすものであった。

(6) 被告は、要綱に従い、昭和五六年一一月七日付け書面をもって、原告に対して、いずれかの離職方法を選択して申し出るよう勧告したが、原告がこれを無視し、被告に選択の申し出をしなかったため、より有利な前記(4)の<5>の(ア)の方法を選択したものとして原告を取扱うこととし、昭和五六年一二月一〇日付け書面をもって、その旨を原告に通知した。

(7) 被告は、右の取扱いに従い、昭和五七年五月六日付け書面で念のため原告に通知したうえ、同年六月二一日の就労の終了をもって、原告の採用を打切り、雇い止めにした。

右の事実によれば、被告が原告を雇い止めにしたのは、登録者について実質的な定年制を導入した労働協約である要綱の規定に従ったものであることが認められる。

(四)  そこで、登録者について実質的な定年制を導入した要綱の合理性について検討するに、<証拠>によれば、被告では、昭和四〇年代後半になるにつれて、登録者から採用する従事員の高齢化に伴う賃金水準の上昇によって労務費が増加し、収益が悪化してきたことから、登録者に実質的な定年制を導入してその新陳代謝を促し、労務費の削減と労働能率の向上を図る経営上の合理的必要性があったこと、そこで、被告が、競輪労組に対して、登録者に実質的な定年制を導入することを提案したところ、当初は、競輪労組の反対が強く、旧要綱の離職勧奨制度を設けることの合意に留まったが、その後も、競輪労組と交渉した結果、実質的な定年制を導入することの合意を得るに至り、要綱を締結したものであること、労働省の昭和五一年一月当時の調査によると、一律定年制を実施している企業のうち、満六一歳以上の高い定年年齢を定めているものは僅か約四パーセントに過ぎず、大半の企業では定年年齢が満六〇歳以下であること、昭和五六年の地方公務員法の改正により、地方公務員についても原則として満六〇歳の定年制が導入され、従事員に類似する守衛や用務員についても満六三歳の定年制が定められたこと、昭和五六年四月当時、全国五〇の競輪場のうち一八場において、実質的な定年制を導入していたが、要綱の定めるものは、他の競輪場で採用された同種の制度と比較して、特に登録者に不利益なものではないこと、要綱は、原告などのように旧要綱に基づく離職勧奨に応じなかった者についても、充分に配慮した経過措置を規定していることが、それぞれ認められ、右の事実によれば、要綱は、その締結手続及び内容の両面において充分な合理性を有しているというべきである。

そうすると、被告は、その締結手続及び内容の両面において充分な合理性を有する要綱という労働協約に従い、この労働協約の効力が及ぶ原告について雇い止めの措置を採ったことになるから、被告のこの措置には、充分な合理性があり、なんら違法の廉はなく、不法行為が成立する余地はないというべきである。

(五)  結局、原告の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことになる。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求中、本件出勤停止処分が無効であることの確認を求める部分については、訴えが不適法であるから、これを却下することとし、主位的に賃金及び一時金として、予備的に不法行為に基づく損害賠償金として、金員の支払いを求める部分は、理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田 豊 裁判官 田村 眞 裁判官 新堀亮一は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 太田 豊)

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